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法宝物紹介

二尊像・同裏書

Picture 宗祖親鸞聖人と中興蓮如上人の連座像。裏書には、文明8年(1476)にいったん摂津富田へ下付したが、後に清水(現海南市冷水)の道場へ本尊として与えたと、蓮如上人が自ら記しています。 紀州門徒は二尊像の下に結集することになり、清水道場が鷺森御坊へと発展した根本の法物です。鷺森別院においては、毎年5月13日から16日まで、二尊像を荘厳して二尊会法要を勤修しています。


『親鸞聖人御絵伝』

Picture 親鸞聖人の生涯を描いた絵伝。軸裏に天正2年(1574)12月14日付の顕如上人の自署と花押を記されています。この年は、2月に鷺森御坊の御主殿が新御堂とともに完成し、また4月には、一旦和睦していた織田信長との戦いが再び始まるなど、本願寺と紀州門徒とがそれぞれ連帯を強めるべき必要性の生じた年だったのです。
 鷺森別院においては、毎年11月24日から28日まで、この御絵伝を荘厳して報恩講法要を勤修しています。


証如上人版五帖の『御文章』

Picture 本願寺第八世蓮如上人の『御文章』は、親鸞聖人の『正信偈』とともに、門徒にとって最も親しまれている聖教です。第九世実如上人の時代に、数ある蓮如上人の消息の中から八十通を選び出し、五帖の『御文章』にまとめました。これを最初に出版したのが第十世証如上人で、これ以後もたびたび出版されます。実は最初の証如上人版『御文章』で、五帖が完全な形で揃っていると現在確認されているのが、鷺森別院のものだけなのです。


『顕如上人消息』

Picture 天正8年(1580)、織田信長と和議を結んだ顕如上人は、祖像を奉じて鷺森に退去しました。天正11年に貝塚へ移転するまで、三年余り鷺森御坊が本山となったのです。顕如上人は各地の門徒に対してこの消息で、石山退去の事情を伝えると同時に鷺森本願寺の成立を知らせ、参詣を促しています。つまり、この手紙は真宗の本山であったこの鷺森で書かれたものなのです。


『下間頼廉等書状巻物』

Picture 石山合戦の最中、本願寺から紀州門徒に送られた書状が巻子二巻に仕立てられています。下間頼廉らは、顕如上人を助けた本願寺の坊官で、合戦の指導的立場にありました。雑賀衆は鉄砲を駆使し、石山合戦で活躍したことは有名です。手紙の中には、雑賀(鷺森)御坊にあてたものが多く、本願寺がいかに雑賀門徒を頼っていたのか、察せられます。


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